翻訳本から憧れの国の海外文化がみえてくる | 楽しみ方を、翻訳大賞発起人の米光一成氏に聞いてみました。
海外文学の翻訳本は、文化背景がわからないと読みづらく敬遠しがち。なじみのある英語圏以外の原文も多い世界です。
しかし、それを読み解く力は、意外な国の海外文化を知ることにつながったり、大人力のアップにつながるようです。翻訳本の楽しさの伝道師、米光一成さんにお話しを伺いました。
翻訳本には攻略する楽しみがある。海外文化にふれよう
――まず、創設に関わった日本翻訳大賞※1の話を。第3回の授賞式も早々にチケット完売していました。年々、翻訳本に対しての人気や熱がましているのをとても感じます。
【米光】ありがとうございます。手弁当的にはじめてから、いろんな方に支えられたことにとても感謝しています。
――そういえば、米光さんはいつも司会進行をなさっていらっしゃいますが、もし審査員ならどんな翻訳が面白いと感じて選びますか?
【米光】まず審査員はやらない(笑)。基本的には、翻訳本に興味を持つ人達のお祭りになれば良いと考えているんです。ただそのためには翻訳そのものを深く考えていく目的も持っているので、やっぱり翻訳のプロが審査員をすべきかなと。
――ちなみに、その翻訳本の面白さを感じるコツはありますか? やっぱり初心者だと敬遠してしまって。はじめの章あたりで、なにか読みにくいとかんじてしまいます。
【米光】ひとそれぞれ好きに楽しめばいいとは思うんです。でも、受け身で読むだけじゃなくて、積極的に攻めの姿勢で読んでみるのもいいかもしれません。わからないことがあったら調べる。いまネットとかでも簡単に調べられますから。
――たしかに、そうですね。実は、第2回日本翻訳大賞の「ムシェ※2」に挑戦したのですが、「これはどういうこと?」ってイチイチとまっちゃって。読み進めるのが大変でした……。
【米光】わからなくてもそのまま読み進めるのもいいけど、場所や、最初に出てくるキーワードは、ちょっと調べると読みやすくなると思います。解説を先に読むのもいいかも。翻訳本の解説は、作品の背景や基礎知識を書いていることが多いですから。
――たとえばムシェだと、どんな風にでしょうか?
【米光】金子奈美さんが訳した『ムシェ 小さな英雄の物語 』はバスク語で書かれた小説です。まあ、バスク語って何ってなるじゃない? バスクで検索して調べると、スペイン領土の地域名だってわかる。
さらにピカソのゲルニカって絵が関わりがあることもわかる。バスク地方のゲルニカって場所が襲撃された様子を描いたのがあの絵なんですね。そういったことを知ってから読むと、ゲルニカ爆撃のころ、疎開した子供を受け入れたムシェという人の話だっていうことが、すっと入ってくる。
少し調べるだけで、その世界に入りやすくなります。
さらにピカソのゲルニカって絵が関わりがあることもわかる。バスク地方のゲルニカって場所が襲撃された様子を描いたのがあの絵なんですね。そういったことを知ってから読むと、ゲルニカ爆撃のころ、疎開した子供を受け入れたムシェという人の話だっていうことが、すっと入ってくる。
少し調べるだけで、その世界に入りやすくなります。
――これは大事な読むためのコツですね。ありがとうございます。 ゲームみたいで楽しく読めそうな気がしてきました。
【米光】スルスル読むだけが読書ではないですからね。ゆっくり読みこなす読書の醍醐味もいいものですよ。攻略していくノリで読むのもいい。
――とはいえ、はじめのハードルが高いので、初心者が挫折しない翻訳本をひとつ教えてください。
【米光】うーん、基本的には興味があるものが一番いいのですが、カフカの『変身』を改めて読んでみるといいかも。薄いし。若い時に感じただろうある種の疎外感に共感しやすいと思います。自分が人とは違う人間では、と感じるときが誰しもあったとおもうから。
――ああ、たしかに。カフカって、主人公が「もう終わりだ―、絶望だー」と思ってる感じが中2病的ですし(笑)いまなら、思春期あるある的にくすりと笑って読めそうです。
【米光】そうだね(笑)
海外文化がわかる翻訳本は読み比べが面白い
――カフカの変身と言えば、多和田葉子さんの「変身(カワリミ)」のレビュー※3をお書きになっていますよね。この翻訳本のレビューをなぜ書こうと。
【米光】本の対談イベントのお題に『変身』を選んだ時の下調べ経験がきっかけです。その時に翻訳本のよみくらべをしていたら、よみくらべ自体が面白くなってしまって。これは面白い解釈だとか、この人はこう訳すんだとか。英訳本と読み比べてみて、翻訳ってむずかしいなーと実感したりしました。
――もはやクエスト系のゲームにみえてきました。図書館で一日すごせそう。
【米光】ちなみに多和田葉子さんの訳は、こなれた日本語にするというよりも、原語にできるだけ近くまっすぐに訳す感じが面白かった。語順すらも原語に近づけようとしてるんじゃないかってぐらいに。他の訳では「毒虫」とか「虫」だと訳されている冒頭のところが、「ウンゲツィーファー」と原語のまま表現して、後ろに括弧して、"生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫"と書いたり。アバンギャルドですよ。
――それは、ますます、よみくらべてみたくなります。
【米光】「変身」の主人公は妹萌えなんですね。妹のことをひどく気にしている。その妹が、主人公をみて「グレゴールったら!」と言うところで、新潮文庫の高橋義孝訳だけ「兄さんったら」になってて、それも良かったですね。翻訳で、読み心地も大きく変わります。翻訳が複数でている本は、同じ小説を違うテイストで何度も楽しむことができます。
――そんなふうに、同じ原書の訳本を「ちがい探し」的な視点でみていくのは、探求心をくすぐられますね。いますぐ図書館にこもりたい。
翻訳本から、海外文化に思いをはせることで身につく力があります
――最後にひとつ。翻訳本を楽しめるようになると、ついでにこんな力がつく! というようなことはありますか?
【米光】そうですね、ひとつは、モヤッとした整理がつかない自分の気持ちを口にして表現する力がつくと思う。これはある種の翻訳力だから。ぼんやりとして気持ちを言語化できないと、いつまでも同じことで思い悩むことになっちゃうから。
言葉にすることで、気持ちが整理できるし、人に伝えて助けを求めることができる。赤ちゃんのときは泣くことで両親がどうにかしてくれることが多いけど、大人になってからは泣くだけでは、疎外感や困難から逃れるのはむずかしいからね。
言葉にすることで、気持ちが整理できるし、人に伝えて助けを求めることができる。赤ちゃんのときは泣くことで両親がどうにかしてくれることが多いけど、大人になってからは泣くだけでは、疎外感や困難から逃れるのはむずかしいからね。
――自分の中の気持ちをちゃんと言語に翻訳する力ですね。
【米光】そう。じっくり読むことで、長い時間、他者の考えに寄り添って、単なる知識じゃない実感を小説から得ることも大切だと思います。特に、文化や言語が違う人たちに寄り添ってみる。そのことによって、反射として自分や自分の文化について今までと違う角度から考えることができるようになる。翻訳本を通してそれらの力がつくと、他者とどう通じ合うかということにも思いを馳せることができると思いますよ。
――翻訳本がこんなステキなことにつながるなんて。海外の方とコミュニケーションをとる力が格段にアップしそうです。
――翻訳本の魅力を教えていただき、ありがとうございました。
――翻訳本の魅力を教えていただき、ありがとうございました。
補足一覧
※1日本翻訳大賞:日本翻訳大賞実行委員会主催の優れた日本語翻訳作品に贈る賞。小説、詩、エッセイ、評論など日本語に翻訳された新訳作品が対象。
公式HP
※2ムシェ:『ムシェ 小さな英雄の物語』(キルメン・ウリベ著、金子奈美訳、白水社刊)
※3変身(カワリミ):「すばる(2015年5月号)」に掲載されたカフカ著「変身」の多和田葉子の新訳。ポケットマスターピース「カフカ」(集英社刊)にも収録。
米光先生のレビュー(エキレビ掲載)
「翻訳本の楽しみ方」まとめ
この記事をきっかけに、ちょっと翻訳本をよみたくなった方が少しでもふえたらうれしいです。海外文化への理解度アップにくわえて、大人力のアップにもつながる翻訳本。大人のたしなみのひとつにいかがでしょうか。
ぜひ、米光一成先生おすすめのうすーいカフカや興味のあるジャンルの本を手にとってみてください。
この記事のコラボレーター
米光 一成(よねみつ かずなり)
Profile
広島修道大学人文学部英語英文学科卒業。
『ぷよぷよ』などの人気タイトルを生み出したゲームクリエイター。その他ライター、俳人、元立命館大学映像学部教授、デジタルハリウッド大学客員教授など多才な一面を持つ。日本翻訳大賞の発起人の一人。